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2007年5月24日 (木)

憲法第九条「戦争放棄」の映画

    昭和21年11月に公布された日本国憲法を記念し、その第9条「戦争放棄」をテーマに、当時日本映画の民主化の先頭に立っていた東宝砧撮影所の映画人が、その総意を結集して製作した画期的な反戦映画「戦争と平和」(昭和22年、東宝)。監督・亀井文夫、山本薩夫、出演・伊豆肇、池辺良、岸旗江、大久保翼、谷間小百合、菅井一郎、立花満枝。キネマ旬報ベストテンの第2位。

美しい山 なつかしい川

追われ追われて果てしなき旅よ

道づれは涙 幸せはない

国の外にも 国の中にも

   荒廃した中国の街角で盲目の娘が歌う「流亡曲」が流れる。大陸を放浪する健一(伊豆肇)は中国民衆の姿を目撃し、自分が一兵士として参加した侵略戦争の罪業の深さに胸をつかれる。健一の乗っていた輸送船が撃沈され、中国人に助けられ、そのまま中国軍に加わり、敗戦で復員する。東京は焦土と化していた。ようやくたずね当てた妻町子(岸旗江)は、負傷して帰国していた戦友康吉(池辺良)と結婚していた。健一は盛り場でかつての上官(菅井一郎)と出会う。彼は闇成金で大儲けしていた。「要するに戦争で損をする奴も多いが、大いに儲ける者もあるというわけだ。人間が欲望に支配されている限り、戦争を本当に止める力なんかどこにもありゃせんぞ」と。映画はここで終わるが、シナリオには次のシーンが続き、実際に撮影もされていた。

街。食糧デモ。その人々の足、足、足。路傍に立って見ている健一。その勢いにのまれるように思わず列にならんで歩き出す。いつの間にか、その列にまきこまれ、デモの一人と腕を組んで行く健一。デモの人々の顔。顔。顔。労働者の大デモ。整然たるその行進。高らかに空にひびく労働歌の合唱。

    亀井文夫(1908-1987)は、明治41年、福島県相馬郡原町(:現・南相馬市)に松本長七、くま、の次男として生まれた。昭和3年、文化学院在学中、ソビエトへわたったが、途中ウラジオストックの映画館で「上海ドキュメント」という映画に衝撃を受ける。レニングラード映画演劇学校に学んだのち、昭和8年、PCLに入社。昭和13年記録映画「上海」を発表。反戦姿勢が反響を呼び、昭和14年「戦ふ兵隊」は軍部から上映禁止処分をうける。昭和16年、治安維持法により逮捕。昭和20年「日本の悲劇」で天皇の戦争責任を問い、吉田茂が激怒。フィルムは没収、上映禁止。昭和22年「戦争と平和」を山本薩夫と共同監督。「文化は暴力では破壊できない」といって、東宝争議で退社。昭和30年、日本ドキュメントフィルムを設立して、「流血の記録砂川」「世界は恐怖する」「生きていてよかった」「人間みな兄弟」など社会的問題作を発表。(参考:山田和夫「日本映画101年」)

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