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2007年5月15日 (火)

雑誌「少年園」編集主任・高橋太華

    高橋太華(1863-1947)は、文久3年8月12日、二本松藩の剣術指南である根来正緩の二男として生まれる。明治14年に上京し、岡鹿門の塾に入り、翌年には塾頭となる。明治16年3月、堤正勝に学ぶ。また中村正直、重野安繹に師事し、詩文を修める。同年8月、東京大学文学部古典講習科に入学するが、明治18年2月、病気のため退学。明治22年、文部省で教科書編集をしていた友人の山県悌三郎(1858-1940)と、児童雑誌「少年園」を創刊する。月2回の発行の同誌は、当時の少年雑誌の先駆であり、児童文芸の興隆をもたらした。この雑誌は、子供達の心をとらえて、爆発的人気を得た。また、明治22年学齢館より創刊された「小国民」に多く史伝類を執筆した。博文館の「少年文学」叢書には、第15編「河村瑞軒」(明治25)、第17編「太閤秀吉」(明治25)、第21編「新太郎少将」(明治26)と多く執筆し、他に「葛飾北斎」(明治26・学齢館)、「子供のてがら」(明治27・博文館)、「宝ばなし」(明治29・崇山堂)などがある。東海散士の「佳人之奇偶」は、散士の立案を太華とその友人・西村天囚が稿したとの説がある。

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