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2007年5月 2日 (水)

明治初期「図書館」は「ヅショカン」か「トショカン」か

   東京図書館の岡千仭が楊守敬との会話で「図書館」を「トショカン」と発音したのか、「ズショカン」と発音したのか、とても気になってしかたがない。今日、中国、朝鮮でも日本で造られた用語「図書館」は、アジアの漢字文化圏では共通して使用されているからである。従来の説に従うなら「ズショカン」と考えるのが普通であろう。明治とは言いながら、岡の半生は江戸時代の人である。明治18年刊行の「東京図書館洋書目録」では、Tokio Dzushokwan と館名が示されている。だがアジアでは明治30年代留学生によって「トショカン」で広まっているし、「ヅショカン」から「トショカン」へと呼び方が一変したとは考えにくいことである。

   そこで、めずらしく先行の研究に当たって調べることにする。岩猿敏生「書籍館から図書館へ」(図書館界35-4、1983)に詳しく記されていた。結論を言うと、「トショカン」「ヅショカン」という呼び方は最初から二通り存在していたという。通説で知られて「図書館は最初はヅショカンと呼んでいた」という言い方は学問的には厳密性を欠く。高野彰「東京大学法理文学図書館史」(図書館界27-5、1976)によると英文でToshokuanと表記されている。永峰光名が初期図書館は「ヅショカン」と呼ばれたとことに対して、高野、岩猿は二通りの呼び方が存在していたことを説いている。岩猿の近著「日本図書館史概説」(日外アソシエーツ)でも「明治の初期、ライブラリーに当る言葉として、書籍館と図書館があり、その読みもそれぞれ二通りあったと思われるが、1890年代には図書館という呼称に、読みもトショカンに統一されていった」とある。これまでトショカンという呼び方は明治30年代から、とくに明治30年に東京図書館が帝国図書館になった年でもあり、明治中期、つまり明治30年以降と書かれた文献が多かったが、岩猿の研究によれば、1990年(明治23年)つまり明治20年代にトショカンという呼び名のほうが普及していったという。ところで夏目漱石の「三四郎」には「図書館」という用語が何度か使用されているが、おそらく「トショカン」と読むのであろう。「ズショカン」ではなく「トショカン」と読まれるようになったのは、なぜか?という素朴な疑問を書いているブログを見つけた。岩猿先生はじめ専門家は残念ながら、その理由を書かれていない。ケペルはその理由を「トショカンのほうがハイカラで若い人に好まれた」と推測している。根拠となる資料はまだ見出せていない。

 ところで最初の岡千仭の疑問であるが、漢学者でもあることから漢語としての語義では「図書」は「ヅショ」であり、「図」が「地図」のことであり、「書」が「書籍」の意味であることから、考えるとすれば、明治13年時点では「ヅショカン」と発音していた可能性のほうが高いような気がする。

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