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2007年3月11日 (日)

千葉真一と板垣信方

    武田氏と祖先を同じくする板垣駿河守信方(1489-1548)は、武田信虎・晴信の父子二代に仕えた重臣である。晴信による信虎追放事件では、無血クーデター成功の原動力となり、また信虎を今川家へ送りとどける役目も引き受けている。青年晴信のよき補佐役となり、時には詩歌に興じる晴信に対して死を賭して諌めたというエピソードも伝えられている。晴信を擁立した信方は、さっそく上原城主の諏訪頼重、頼高兄弟を滅ぼし、信州攻略の足掛りをつくった。この天文11年から17年までの6年間、信方の作戦と指揮ぶりは、佐久の志賀城、小県の長窪城攻めと残虐をきわめた。天文17年(1548)2月、村上義清、小笠原長時との北信濃連合軍との上田原の合戦で、信方は戦死する。享年60歳。後年、徳川時代譜代の井伊家に受け継がれた「赤備え」という甲冑、武器、旗差物すべてを朱一色に統一した騎馬隊を考案したのは板垣信方である。

    大河ドラマ「風林火山」で板垣信方を演じている千葉真一は久しぶりにテレビでその雄姿を見せている。ハリウッドでは「サニー千葉」として国際スターとして活躍されていたようだが、ケペル世代としては千葉真一といえば「七色仮面」「アラーの使者」である。はじめ七色仮面こと蘭光太郎役は波島進だったが、アクションがイマイチだったため第32話「影なき挑戦」から千葉真一になった。この突如の交代劇に全国のお茶の間のチビッ子たちもさぞや驚いたことだろうが、新人の千葉はハンサムでカッコよかった。続く「アラーの使者」で子どもたちの人気は不動のものとなった。思えば「月光仮面」世代の子どもたちは、祝十郎役の大瀬康一と蘭光太郎、鳴海五郎役の千葉真一を永遠のヒーローと信じている。ところで「月光仮面」「七色仮面」「アラーの使者」の原作者は川内康範であるが、「正義の味方」は絶対に不正を許さない人なのだろう。一説によると月光仮面のモデルは大山倍達であるというが、千葉真一の原点を知るうえでも興味深い因縁である。

    昨夜の「風林火山・両雄死す」(7月15日放送)は千葉板垣と竜甘利が壮絶な最期をとげる上田原の戦闘の場面。いつかはくると思っていたがつらい。千葉の殺陣には鬼気迫るものを感じた。そして今日15日、突然、千葉真一の俳優引退発表を知る。「板垣の死とともに千葉真一を葬りたい」と。嗚呼、残念無念。しかし、流石、千葉真一らしい見事な引き際。長い間、ごくろうさま。千葉さんはいつまでもぼくらのヒーローです。たくさんの夢をありがとう。

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