昭和29年頃といえば、エリザベス・テーラーやマリリン・モンローなどのスターがトップクラスの人気があった。ところが映画「ローマの休日」(1953年アメリカ制作)が、昭和29年4月19日、公開されるや女優の魅力に大きな変化がおきた。はっとするような美しさ、あどけなさ、初々しさ、その全てが印象的である。
オードリー・ヘプバーンはこの一作でアカデミー主演女優賞を獲得し、押しも押されぬ大スターになった。日本でも、街中でオードリーをまねたショートカットの若い女性が現れた。「映画の友」昭和29年10月号では津村秀夫、南部圭之助、筈見恒夫による「涼風映画鼎談」において女優論を語っているが、歴史的観点でかつての男性の女優観の一端をこの記事から読みとることができる。
津村 ルース・ローマンは駄目だね。この間「遠い国」を見たが実にまずいと思った。もう一人の女優、うん、コリンヌ・カルヴェか、あれに完全にやられている。ローマンは見放したよ。
筈見 この頃のスターの没落は早いからね。
津村 本当にアメリカ女優というのはいないよ。
筈見 オードリー・ヘプバーンはどう?
津村 ヘプバーンがでてきたね。あれは子供みたいなものでこれからどう成長するかわからないが、大したものだ。だけど戦前、ずらりと顔をならべていたような…
筈見 いや、僕のいうのはね、「ローマの休日」の人気で、あと引き継いてうけるかということだよ。
津村 一本だけじゃわからない。
筈見 一本でああ人気が出たのだから、それだけに早い。去年のいま頃はエリザベス・テーラーで騒いでいた。いまじゃテイラーの地盤がヘプバーンに行ったわけだろう。
津村 エリザベス・テイラーなんて吹けば飛ぶようなものだ。女の子が騒ぐだけで、あんなものは問題じゃない。
筈見 かりに、「ローマの休日」をエリザベス・テーラーやジーン・シモンズがやったらつまらんだろう。
南部 そりゃそうだ。ジーン・シモンズじゃつまらない。
津村 実際、アメリカ女優の凋落はひどいものだよ。誰がいるかということを考えさせられるね。
筈見 僕たちの考えが戦前的なのかもしれないが、戦後にこれは大丈夫というのはいないんだ。
記者 南部さん、オードリー・ヘプバーンはどうです?
南部 まあいいと思いますね。飯島君は、評価を引き下げる役にまわる方だと言っていたが、先生自身、彼女を買ってないんだね。大いに議論しようと思ったが、やめたよ。
筈見 女の子のことでは好みがそれぞれあるわけだから、やめよう。僕はね、「ローマの休日」はよかったが、みんながあまり言いやがんで、こつちは言わないよ。若い子なんか、オードリー・ヘプバーンがどうのこうのと言うが、こっちはキャサリン・ヘプバーンがいいと言いいたくなるんだ。同じヘプバーンでも、ちょっとヘプバーンがちがう、といいたいよ。
津村 それはね、批評家の評価の仕方もちがうよ。昔のヘプバーンは芸もうまかった。いまの芸はこれからで、素質がいい、というところで。何か別のものだな、あの魅力は。
筈見 キャサリン・ヘプバーンを初めて知ったときは、新鮮な個性があった。
津村 いまのヘプバーンはそれとちがうのだよ。
筈見 議論をしてもしようがない。よそうよ。
津村 両極端なのだよ、あの二人は。しかし、オードリーが欧州育ちというのは面白いな。アメリカにああいうのは育たない。昔からそうだよ。欧州で育ったやつがアメリカに行って売り出すんだね。純粋のアメリカ女優では誰だろう。ジョーン・クロフォードぐらいだ。
筈見 昔はいろいろいたよ。
津村 昔はいたさ。けれどもトーキーになってからでは?
筈見 まあグロリア・スワンスンは古いから別としても、トーキー以後になってからだって相当あるだろう。戦後にはワリにいないのだよ。
津村 マーナ・ロイなんかどうしちゃつたのかね。
筈見 ジューン・アリスンなんかはいい方だろう。
津村 あれは糠味噌くさい。糠味噌くさい女優は大物にはならん。
津村 イングリッド・バーグマンもグリア・ガースンも凋落が早かったな。ジェーン・ワイマンとか、「ブルックリン横町」のドロシー・マクガイアー、あれなんかでも非常に有望と思ったが、カスンじゃつたね。
筈見 ジェーン・ワイマンはつまらんよ。
津村 「偽りの花園」に出ていたテレサ・ライトなんか、伸びるかと思ったら案外だった。ああいうヒラメの刺身みたいなのはアメリカでは伸びないんだな。何か非常に弱々しいのだよ。
南部 黒鯛の刺身とはいえないかな。
津村 黒鯛はこまる。
南部 サヨリの刺身か…
筈見 テレサ・ライトってのは相手役女優としては物足りないよ。
津村 昔はいろいろいい女優がいたぞ。シルヴィア・シドニーとか、なんとか。写真を支えるようなのが。
南部 それに、昔は製作がしつかりしていた。
津村 スーザン・ヘイワードやリタ・ヘイワースが花形になるようじゃ心細いよ。
筈見 雰囲気を持っていないのだ。
津村 戦後のジョーン・クロフォードはごひいきなんだけども、今度は西部劇に出ているね。
津村 西部劇に出るということは、ちょつと凋落だな。それはそうと、ディートリッヒはまだ欧州で遊んでいるの?
記者 ええ。今度映画に出るという話もありますが。
津村 なんだかんだといっても、彼女は大立者だ。いまはそういうのがいない。
記者 このないだイギリスの舞台にノエル・カワードの紹介で出て、大変な人気だったそうです。
南部 彼女の記事はいまでもアメリカの雑誌に出ているよ。みんなに評判がよい。
南部 そう。あんなになると思わなかったなあ。スタンバーグ監督のおかげで出世したのかと思ってたら、そうじゃないんだね。
*
津村、南部、筈見の三氏はやはり戦前のスターがご贔屓らしく、新星オードリー・ヘプバーンの魅力については、認めるものの、うまくその魅力を表現できずになにかしらとまどいを感じているようみえるのが面白い。へプバーンの新鮮な魅力を発見したのは若い女性たちだったようだ。この鼎談からまもなくして、秋に「麗しのサブリナ」が公開された。監督のビリー・ワイルダーは「この子はふくらんだ胸を過去のものにしてしまうかもしれない」と言った予言は的中した。彼女のファション・センスは現在でも雑誌などで頻繁に取り上げられ、人々を魅了し続けている。
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