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2007年2月14日 (水)

デコちゃんと函館大火

   昭和9年3月21日の夕から翌朝にかけて函館市に大火があったことと、戦前の少女スターが日本映画を代表するような女優として成長することと関連するといえば「風が吹けば桶屋が儲かる」のような話として笑われるかもしれない。

   いまネットでは簡単に高峰秀子の「森の水車」を聞くことができる。

緑の森の彼方から 

陽気な唄が聞えます

あれは水車のまわる音

耳をすましてお聞きなさい

コトコト コットン コトコト コットン

ファミレドシドレミファ

コトコト コットン コトコト コツトン

仕事にはげみましょう

コトコト コットン コトコト コットン

いつの日か 楽しい春がやって来る

  戦後生まれのケペルもなぜか、ラジオからよく流れていた歌「森の水車」(作詞・清水みのる、作曲・米山正夫)はよく聞いた。荒井恵子がJOAKラジオ歌謡で昭和26年ヒットした。つづいて並木路子が歌っていたのを覚えている。この曲はもともとは高峰秀子がポリドール(当時は大東亜蓄音器レコードといった)からレコーディングして昭和17年9月に発売していたことを知ったのは最近のことである。しかしこの曲は昭和18年1月に警視庁が指導した敵性音楽としてレコード発売、演奏を禁止した法律により敵性歌謡とみなされ、発売禁止となった。「ファミレドシドレミファ」の部分が問題になったらしい。

   ところで、高峰秀子は戦前にレコードを三枚だしている。昭和16年9月「煙草屋の娘」「宵の明星」、昭和17年9月「森の水車」「小鳥よお前は声自慢」、昭和18年2月「歌へ山彦」「小鳥のやうに」。マンドリン音楽家の鈴木静一 は「歌へ山彦」と同年に轟夕起子の「お使いは自転車に乗って」で大ヒット曲をだしたが、高峰の主演映画「愛の世界 山猫とみの話」は不良少女の映画だったので暗い感じの主題歌は残念ながらヒットにはならなかったようだ。

    函館生まれの高峰は、昭和の歩みとともに、子役として映画界で活躍するが、昭和9年の函館大火で祖父一家7人が上京し、養父母あわせて9人の面倒をみなければいけない家庭状況となった。松竹から東宝への移籍、多数の映画出演、レコーディングなど多忙な仕事ぶりはそのような経済的な事情と関係があるようで、子役から女優高峰秀子へと成長する陰には、函館大火という大惨事が遠因するとみれば、人生とは思わぬ結果が生ずるという一例ではないだろうか。

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