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2007年2月10日 (土)

おらァ三太だ! 千代ノ山はおいらの親友だ

   噂の大相撲疑惑がついに訴訟沙汰となる。八百長の語源は「八百屋の長兵衛、通称八百長という人がある相撲の年寄とよく碁をうち、勝てる腕前を持ちながら、巧みにあしらって常に一勝一敗になるように細工したところから起こるという」(「国語大辞典」小学館)とある。実は八百長の語源は、相撲ではなく囲碁だった。「ある相撲の年寄」とは、明治時代の伊勢ノ海五太夫だといわれる。相撲人気は低迷といわれるが、ケペルの少年時代はすごい人気だった。横綱が栃錦、吉葉山、鏡里、千代ノ山と4人おり、大関が若乃花、朝汐、松登。テレビは普及していなかったが、めんこでその雄姿はみな知っていたのでラジオでも十分満足だった。相撲ヒーローの伝記映画もしばしば作られたし、映画館では「大相撲速報」というニュースがあった。家庭では月刊漫画誌の別冊付録「若ノ乃物語」を熟読する。「朝は朝星、夜は夜星、雨が降っても、槍が降っても若ノ花は稽古を休まなかった」というコマ絵をいまも覚えている。昭和34年から創刊された少年週刊誌は現在のグラビアアイドルではなく、人気力士が表紙を飾ることも少なくなかった。映画作品には、「涙の敢闘賞」(名寄岩、山根寿子、高田敏江、芦川いずみ)、「風雪十年全勝吉葉山」、褐色の弾丸房錦の「土俵物語」、「三太と千代ノ山」、「力道山物語、怒涛の男」、そして極めつけは「若ノ花物語 土俵の鬼」(若ノ花勝治、北原三枝)。若き日の花田勝治は青山恭二だったが、力道山にしろ若ノ花にしろ本人が主演しているところがスゴイ時代だったと思う。

ここに昭和33年頃のものだと推定するが、「大相撲かるた」を紹介する。

いっきにつきだす千代の山

ろうこうなとりくちみせる清恵波

はりて一発 大晃

錦絵みるような吉葉山

ぼくらのすきな島錦

へんかにとんだ出羽湊

とうしまんまん泉洋

ちりをきり この一番どひょう上

りきとうの新進気鋭若の海

ぬーっと大起(おおだち)四十八貫

るいのない内掛名人琴ヶ浜

おしをとくいの若前田

若葉山かわりみ早くあれまわる

かいきりのむそうの玉の海

よりみにするどい三根山

大豪大関大内山

連日元気な鶴ヶ浜

速攻に成山うけるかちなのり

つりだしぐいっと双ッ竜

ねっ戦に火花をちらす時津山

なげわざふるう潮錦

ラジオがつたえる最高潮

むすぴのいちばん庄之助

上手だしなげ名人横綱栃錦

のっしのっしと鏡里

大昇外掛にきめるあざやかさ

蔵前にひろげる熱戦十五日

やぐらでとばす羽島山

松登たちあい一発ぶちかまし

けいこねっしんな栃光

ふれ太鼓相撲ファンの血をわかし

五百かい出場記録の若瀬川

えいしさっそう朝汐太郎

であしのするどい宮錦

あしこししぶとい常の山

さっとけたぐり北の洋

きおってよりきる大天竜

ゆさぶりできめるあらわざ若の花

めざましいかつやく芳の嶺

みらいのホープ安念山

清水川師匠ゆずりの上手投げ

ひだりよつさっとよりきる国登

もろざしいっきの信夫山

正攻法江戸っ子力士出羽錦

すもうのうまい鳴門海

    「おらァ三太だ!千代ノ山はおいらの親友だ!」の三太少年のような夢と希望をいつまでも持ち続けたい。

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