無料ブログはココログ

« 加山雄三、有山崧の図書館の若大将 | トップページ | 北村兼子と人見絹枝 »

2007年1月13日 (土)

神戸における保育所の誕生

   乳幼児をあずかり、保護者が安心して業務につけるようにすると共に、幼児の保護にあたる社会的施設は、わが国では明治の日清日露戦役時において託児所と呼ばれて誕生した。

   古くは、江戸時代の佐藤信淵の構想にあった慈育館および遊児廠はその先駆とみられるが、実際に設けられた施設としては、明治23年に新潟市の赤沢鐘美・赤沢仲子夫妻によって設けられたものが最初である。この後、日清戦争により女工を工場に確保するための経営者の要請により、明治27年、東京紡績株式会社、大日本紡績株式会社、明治29年には福岡県三井炭鉱内に、明治35年には鐘淵紡績株式会社が東京墨田にその託児所として開設した。独立の保育所としては明治33年に東京市に私立の二葉幼稚園(:現在の二葉保育園)が当時の華族女学校(後の女子学習院)の付属幼稚園の保母であった野口幽香子、斎藤峰子の2人によって設立されたものが最初である。この後、日露戦争の際の出征軍人の遺族の援護が目的で各地に多くの託児所ができた。ここでは、神戸の例を年表でみる。

明治37年  6月、佛通寺並びに葺合八幡神社境内(楠町6丁目)において婦人奉公会の経営で出征軍人児童保管所の名で託児所が開設される。9月、薬仙寺(兵庫区逆瀬川町)に出征軍人児童保管所を開設する。11月、佛通寺保育所狭隘につき楠社境内に神戸在職軍人会本部を移転、楠社児童保育所と改名。

明治38年  1月、福昌寺(通称八王子)に、出征軍人児童保育所を開設。3月、徳照寺(宇治野町)に出征軍人児童保育所を開設。楠社、八幡、薬仙寺の4保育所に夜間保育の設備をつくる。8月、西出町に簡易保育所を開設する。9月、神戸婦人奉公会により薬仙寺境内に薬仙寺保育所を開設(兵庫南逆瀬川2丁目)。11月、吾妻通に簡易保育所を開設。

明治39年  5月、婦人奉公会解散式を挙げる。6月、神戸婦人奉公会が解散。8月、財団法人設立認可申請書を内務省に提出する。10月、内務省より財団法人設立認可指令を受ける。山手クラブにて第1回評議員会を開催。薬仙寺保育所跡に「財団法人神戸児童保育所」開設。11月、楠社、八幡、薬仙寺保育所は財団法人神戸児童保育所の名によって独立経営し、西山町吾妻通の簡易保育所は閉鎖する。

           *

   その後、戦役紀念保育会が運営した保育所の一つ水笠保育所の流れをくむのが神戸保育園(長田区水笠通3丁目4-14)であり、今日に至る。(参考:「神戸保育園100年史」)

« 加山雄三、有山崧の図書館の若大将 | トップページ | 北村兼子と人見絹枝 »

「日本史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 加山雄三、有山崧の図書館の若大将 | トップページ | 北村兼子と人見絹枝 »

最近のトラックバック

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31