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2007年1月28日 (日)

マーガレット・ミッチェルの家系

   マーガレット・ミッチェル(1900-1949)は1900年、アメリカ合衆国南部のジョージア州アトランタ市ケイン街296番地に生まれ、マーガレット・マナリンと命名される。父ユージン・ミューズ・ミッチェルは同市の弁護士で、アトランタ弁護士会長、アトランタ歴史協会会長を兼ねた人、当時34歳。アトランタ市史及びジョージア州史の権威として知られていた。母メーベル・スティーヴンスは南北戦争当時の第九ジョージア歩兵隊員でジャクスン将軍の兵站総監本部付大尉として勤務したジョン・スティーヴンスの娘、当時28歳。ラッセル(夭折)とスティーブンスの二人の兄がある。スティーヴンスはマーガレットより5歳の年上で父と同じく弁護士。アトランタ歴史協会会報の編集者で、アトランタ弁護士会会長、同弁護士クラブ会長を勤めたことがある。ミッチェルの家族はアトランタ市が創設される前から同市内あるいはその近郊に住んでいたが、母方の祖先はスコットランドおよびアイルランド、フランス等の血が混じっている。母方はアイルランドとスペインのバスク地方の出身。ともに独立戦争当時から南北カロライナ州およびジョージア州に住み、アトランタ市には百年以上も定住した家族の出で、ミッチェルはつねづね家族が同市に住むようになってから自分で五代目だということを自慢にしていた。(参考:「河出世界文学全集23」ミッチェル年表)

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