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2006年12月11日 (月)

新選組二番隊組長永倉新八

   「燃えよ剣」第6話「残陽奈良街道」の主人公は永倉新八(黒部進)である。ある夜、女(北林早苗)が永倉の巡察中に不貞浪士がいると声をかけられ、罠にはまり若い見習い隊士の土井新之助が斬殺された。奈良から土井の父と妹が来たが、永倉は隊長としての責任を感じて、仇討ちを誓う。女は労咳の夫の薬代を稼ぐために、新選組の隊士である弟から得た情報を討幕浪士に売っていたのだ。山崎の調査で隊士の酒井兵助が長州の間者であることがわかり、永倉は酒井を斬る。

    永倉新八は、剣の腕前に優れ、池田屋事件で奮戦した。短命に終わった隊士が多いなか、その後、戊辰戦争を戦い抜き、北海道に渡って杉村治備と名乗って「浪士文久報国記事」「新撰組顛末記」などを残し、新選組の生き証人となった。

   永倉新八(1839-1919)は天保10年4月11日、江戸下谷三味線堀にあった福山藩邸の御長屋で生まれる。父は永倉勘次といい、代々福山藩の江戸定府取次役をつとめた家柄である。幼名は栄治といった。早くから剣の道に志し、神道無念流の岡田十松について研鑽につとめた。その後本所亀沢町にあった百合本昇三の道場に住み込み、さらに剣技をみがき、25歳のときには武者修行に出かけている。帰国後しばらく北辰一刀流の流れをくむ坪内主馬に招かれて師範代をつとめるうちに、近藤の天然理心流ともまじわる機会が増え、小日向柳町の近藤道場に出入りするようになった。永倉は神道無念流や北辰一刀流の連中とも親しかったので、浪士隊の徴募についても情報が入りやすい位置にいたのであろう。近藤らにそのことを伝えたのは彼だということである。

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