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2006年12月 4日 (月)

土方歳三と和泉守兼定

   「燃えよ剣」第1回「新選組前夜」が時代劇専門チャンネルでスタートした。尊王倒幕運動が激化する幕末。尊攘派の志士の横行に手を焼いていた幕府は、天下に人材を求めようとする清河八郎(御木本伸介)の浪士募集策をいれ、江戸の浪士隊が結成された。江戸の貧乏道場天然理心流試衛館の近藤勇、土方歳三、沖田総司、永倉新八、山南敬助、藤堂平助、原田左之助、井上源三郎らは浪士隊に参加する。文久3年2月8日、小石川伝通院に集まった試衛館のほか、神道無念流の使い手の芹沢鴨、新見錦ら水戸派と共に浪士隊234人は中仙道を京に向かう。

   土方歳三(栗塚旭)は、愛宕下の刀屋町をはじめ、江戸中の刀屋を駈けまわって、「和泉守兼定はないか」ときいた。名代の大業物である。「初代や三代兼定ならございますが」という者もある。おなじ和泉守兼定でも初代と三代目は凡工で、値も安い。浪人にはころあいの差料である。歳三は、「ノサダだ」と、いった。二代目である。

   歳三はどしゃ降りのある日、小さな古道具屋孫六に入った。「和泉守兼定はないか」「ございます」といったのは、なんと両眼白く盲いた老人(加藤嘉)である。「たしかか」「疑いなさるなら、買って頂かなくともよろしゅうございます」「いや、その眼で鑑定はたしかかと申しているのだ」「刀のことなら」老人は乾いた声で嗤った。「みせてくれ」老人は、奥から、触れるもきたないほどに古ぼけた白鞘の一口を出してきた。「ごらんあれ」抜いてみた。赤さびである。歳三は、自分の顔が蒼ざめてゆくのがわかるほどに怒りをおぼえた。が、さあらぬ体で、「値いは、いかほどか」「五両」歳三は、だまった。しばらくこのひからびた老盲をにらみすえていたが、やがて、「なぜ、やすい」といった。「刀にも、運賦天賦の一生がございます。この刀は、誕生れた永正のころなら知らず、その後は一度も大名大身のお武家の持物になったことがない。ながく出羽の草深い豪家の蔵にねむり、数百年ののち盗賊にぬすまれてやっと暗い世に出た。その賊が、手前どものほうに持ち込んだ、といういわくつきのものでございます」容易ならぬことを老人は明かした。その筋にきこえれば、手に縄のかかる事実だ。それを明かすとは、どういう真意だろう。「見込んだのさ」老人はぞんざいにいった。「これに五両を置く」と歳三はいった。すぐ、愛宕下で砥がせた。みごとな砥ぎで、だれがみてもまぎれもない和泉守兼定であった。「斬れる」刀をもつ手が、慄えそうであった。歳三は、その夜から、沖田総司がいぶかしんだほど、挙措がおかしくなった。歳三はその夜も出かけた。辻斬りが、目的ではない。辻斬りに逢いたくて、歳三は毎夜、うわさの場所を点々と拾って歩いてゆく。ついに出逢った。歳三の右手浅くにぎった和泉守兼定が風のように旋回した。男は即死である。(斬れる)その夜が、正月三十日。数日後の二月八日に歳三ら新徴の浪士三百人は中仙道をへて京へのぼった。文久三年二月二十三日の夕刻である。歳三は、壬生宿所に入った。袖に、江戸の血が、なお滲んでいる。

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