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2006年12月29日 (金)

佐々城信子、最愛永久の妻去りぬ後

   星良(相馬黒光)の家に佐々城信子が突然やってきたのは、明治29年の4月のある日のことである。独歩と信子が周囲の猛反対を押し切って結婚したのは昨年の11月11日のことであった。佐々城家との絶縁することが条件だったため、府外に新居を構え、収入の道もとだえ、窮乏した新婚生活のスタートであった。

   信子は「これから姿を隠すから一円貸してくれ」という。まもなく今度は顔色を変えた独歩がやってきて「信子は何処に行ったのか知らないか」と詰問する。良のもとを去った信子は知り合いの病院に隠れていた。そうとは知らない独歩は、その後も半狂乱になって信子ほ探し回り、良のもとへも日に二度も三度も様子を聞きに来る。良も「あんまり我侭すぎて従妹ながらも愛想が尽きてしまう」と信子を責めている。独歩もついに諦めて離婚を承知する。「欺かざるの記」の23日には「最愛永久の妻信子様」とある。

   「苦痛忍び難し。されど忍ばざるを得ざる苦痛なるが故に、いよいよ苦痛なり。この世の苦しみもあるかな。信子、信子。われを許せ。われ実に御身を楽しますあたわざりき。御身のわれに注ぎし真心のほど、しみじみうれしかりしぞや。今や御身遂にわれを絶えざる苦痛の墓に葬りて去りぬ。これもとより余自から招きたる事実なり。今後御身いかにするとも余帰らずんば、余には無窮の苦悩あれど、余が御身に注ぐ愛はますます深かるべし。余は一生、御身を愛すべし。今後、信子遂にわれに帰らずんば、余は信子に関してはたれにも一言せざるべし。何事をも語らざるべし。万斛の愛と悲と、これを沈黙の中に蔵せん。余は永久、信子を愛すと感ずることによりて一種の慰籍あるなり。われ、浮世の浪にただよう時も、依然信子を愛せん。われ死する後も信子を愛せん。これ詩的表明にあらず、余が信仰と希望はこれなり。されど、されど神のめぐみ深きや、必ず信子の今日の第二の空想を破り給うて余が家に復帰せしめ給うことを信ず。これ真に信子の幸なればなり。信子は離婚後の空想に誘われつつあり。この空想の空に帰したる時、彼の女はいかにすべき。大苦痛その心を襲わん、彼の女は一生悲痛の子とならん。余、悲痛の子となり信子また悲痛の子となる。これ離婚の与うる処なり。ああ信子は悲哀の子なるかな。信子、信子、来ってわが愛に投ぜよ。浮世の夢を追うて苦しむなかれ。」

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