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2006年12月13日 (水)

長州の萩、岩国

    萩は、長州藩36万石の城下町である。薩長土肥と称され、幕末・明治に活躍した多くの人材を生み出したところだ。阿武川のデルタに出現した城下町だったが、この城下に軒を列ねる武家屋敷は、その静かなたたづまいの中から、火のように燃える志士たちを生んだ。高杉晋作・桂小五郎、前原一誠らの中級武士はもちろん、伊藤博文、山県有朋、品川弥二郎、吉田稔麿、入江九一等々の足軽に至るまで枚挙にいとまないくらいである。高杉と並び称された久坂玄瑞も、この城下に住んだ医者の子である。松下村塾がこれらの志士たちを生む大きな力であったが、それは萩の城下と川ひとつを隔てた松本村であった。長州には清末、長府、徳山、岩国など多くの支藩があった。その中で、岩国藩はすこしく本藩と異なる方向で政局に処したことがあった。しかし、それでも本藩の志士たちの影響だろうか、東沢瀉(ひがしたくしゃ)のような熱血の志士を生み出している。(参考:奈良本辰也編「幕末・維新をいろどる群像」旺文社)

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