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2006年11月10日 (金)

槍は宝蔵院流

    備中松山藩剣術師範谷三治郎を父とする谷三兄弟は、共に池田屋事件に参戦している。長男の谷三十郎、次男の谷万太郎、三男の谷昌武である。小説では谷三十郎は宝蔵院流槍術の遣い手となっているが、史実は神明流剣術の遣い手である。

   池田屋事件の後、末弟昌武は近藤勇の養子となり近藤周平と改名し、谷三十郎は七番隊の隊長になった。谷三十郎の死については諸説があって、永倉新八は病死としているが、斉藤一の手にかかって斬殺されたという説、酒席での喧嘩説など種々あって判然としない。

   ドラマ「新選組血風録」では、大坂での討幕派征伐隊として三番隊と七番隊が出動した際の斉藤一と谷三十郎との対立がもとで斉藤が谷を斬殺したことになっている。

今回の土方歳三の決め台詞。

「君は卑怯と言われた。武士としては笑ってはすませまい」

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