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2006年10月18日 (水)

今西進化論

    今西錦司(1902-1992)。京都有数の西陣織元「錦屋」の跡取り息子として生まれた今西は、生まれながらのリーダーとしての素質を備え、先駆的な登山家なしい探険家として、大勢の有為の人々に慕われ、戦前は朝鮮の白頭山、大興安嶺、戦後はヒマラヤ・マナスル、はてはアフリカでゴリラやチンパンジーの調査行を組織した。

    今西はスケールの大きな学際的な学者だった。京都大学で渓流の石の下に棲むカゲロウ幼虫の生態研究を皮切りに、動物行動学へ、霊長類学へと手を広げて、次々に新しい学問領域に向かって飛躍し、ついには自然科学の領域を突き抜けてしまって、哲学もまぜた自然学の教祖のようになった。今西の薫陶を受けた今西グループには、民俗学の梅棹忠夫、植物学の中尾佐助、文化人類学の川喜田二郎、地質学の藤田和夫、サル学の伊谷純一郎と、各分野の第一人者が綺羅星のようにいる。

   河出書房が昭和43年から刊行した「世界の歴史 全25巻 別巻1」は、京大系でしめられているが従来のシリーズ物世界史と比較してユニークな編集であった。とくに第1巻の「人類の誕生」は今西錦司の責任編集であるが、協力者として池田次郎、河合雅雄、伊谷純一郎、中尾佐助、梅棹忠夫、木村重信、谷泰などの気鋭の学者の名前があとがきに記されている。従来の世界史の第1巻は文明の誕生からはじまり、だいたいオリエント学者か東洋史学者が書くことが多かった。生態学者の今西錦司が世界史を書くということで話題になった。ただ、現在の生態学で今西進化論が世界的にどう評価されているかケペルは何も知らない。今日、彼の名は渓流釣りと登山家として知られるが、進化論の研究そのものは有効なのだろうか。

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コメント

現在のところ、今西進化論は科学理論としてはほぼ否定されているようです。

伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』ちくま新書
では、科学と疑似科学の峻別の議論において、今西進化論が疑似科学的な事例として挙げられています。

ご教示いただきまして、ありがとうございます。
擬似科学という言葉には、いろいろと考えさせられます。文学にしろ歴史学にしろ、興味本位、ディレッタントから出発していることが多く、学問の真理の探究にどれほど肉迫しているか、問われています。

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