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2006年9月 2日 (土)

太宰治と小山初代との出会い

   太宰治をめぐる女性は多いが、最初の女性・小山初代(1912-1944)との関係をぬきにしては太宰の生涯を語れないだろう。昭和2年、19歳の太宰は義太夫を習い、花柳界にも出入りするようになった。秋ごろから青森の芸者紅子(小山初代、16歳)と馴染みになる。太宰が初代に、東京で一緒に暮らす気はないかと話をもちかけると、初めのうちは太宰の冗談としか受け取っていなかった。県内屈指の大地主の息子で、いずれは帝大生としてエリート・コースを歩む太宰が、芸者を妻にするはずはないと思っていた。しかし、太宰が夢見ていたのは、肉親に内緒で芸者と同棲して江戸の文人趣味に浸ることであって、初代の考えているような「結婚」ではなかった。ここに二人の「夢」の食い違いがあった。

   ところが、その後土地の有力者から初代を愛妾にしたいという話が持ち上がったので、初代は太宰の義弟・小館保を通じて太宰家と連絡をとり、太宰の指示にしたがって、昭和5年10月、東京へ出奔する。長兄は初代と一緒に暮らすつもりだという太宰の意思を確認したうえで、二人の結婚を承認する。昭和6年2月、東京品川区五反田の新築の一軒家で太宰たちの新婚生活が始まる。太宰23歳、初代20歳の冬である。

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