大庭葉蔵
太宰治の作品の中で大庭葉蔵という名前は「道化の華」(昭和10年)と「人間失格」(昭和23年)との二作品の主人公として登場している。「道化の華」の大庭は、美術学校に学んだ洋画家志望の青年である。名家の出だが、父親とは折り合いが悪い。幼友達の小菅によれば、おしゃれで、嘘がうまく、好色で残忍な、一種特異な自尊心の持ち主でもある。銀座のバーで知り合った女と袂ヶ浦で心中し、相手は絶命。事件後に入院した療養院で、看護婦や友人たちと気取りのポーズをとったり、失敗談を披露しあったりして、互いの自尊心をかばいあいつつ、道化の交歓を繰り広げていく。
「人間失格」の大庭は、東北の田舎町に生まれる。父は東京に別宅を持つ政治家。上京し、旧制高等学校在学中に心中事件を起こす。のちシズ子と同棲しながら大衆向けの漫画を書いて暮らしてゆく。ヨシ子の無垢の信頼心が汚されるのを目のあたりにし、その衝撃から薬品中毒に陥り、脳病院に入院する。生い立ち、左翼活動、心中事件、薬物中毒、脳病院入院などは、若干の改変を含みつつも、基本的には太宰治自身の昭和11年までの実生活の事実がふまえられている。
「道化の華」と「人間失格」とで大きくことなる点は、「人間失格」では作者である「私」と葉蔵とは別人物である旨が強調されて、とくに[私」は葉蔵を嫌悪するのに対して、「道化の華」では「僕」は葉蔵をたえず弁護していることである。
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