神戸の米騒動と鈴木商店
第一次大戦による世界的な船舶不足で、造船所は建造ラッシュだった。ミナト神戸は海運ブームで好景気の反面、急激な物価高が市民生活を苦しめた。大正7年8月になると米の仕入れが困難になり、休業する店が続出。富山県下で米騒動が発生し、神戸でも8月11日人々が湊川公園に集まり、米屋へ押しかけ安売りを迫った。
当時、総合商社として三井、三菱に迫る躍進をしていた鈴木商店の建物(神戸市中央区東川崎町)が焼打ちに遭う事件が起きた。鈴木商店は、大正9年の恐慌後は資金難におちいり、台湾銀行からの巨額の融資で支えたが、昭和2年の金融恐慌で台湾銀行につづいて鈴木商店は破綻した。
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