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2006年8月30日 (水)

大阪と大阪城

    現在の大阪の地は、古くは難波の津と呼ばれたところで、大陸との交通の玄関であった。仁徳天皇の都という伝えもある。7世紀中期の孝徳天皇の時代になると、大陸風の宮殿が建った。これは遺跡が発見された確かな事実である。日本の本格的な宮殿の最初といえる。さらに8世紀の聖武天皇の時代には、同じ位置で宮殿が建て替えられている。中世末の大坂には石山本願寺があって、強大を誇っていた。本願寺は現在の大阪城のところと推定されている。石山本願寺は織田信長の手に入り、続いて豊臣秀吉がここを政権の中心としての城とした。それは天正11(1583)年のことであるが、元和元(1615)年には豊臣氏とともにほろんでしまった。勝った徳川氏はここに城代を置き、西国地方を抑える要の地として城地を整備し、寛永7(1630)年に出来上がった。:再建された天守は寛文5(1665)年落雷で焼失、以後再建されることはなかった。主な城主・城代は、以下のとおり。豊臣秀吉、豊臣秀頼、松平忠明、内藤信正、阿部正次、青山宗俊、戸田忠寛、松平信篤、牧野貞明。

    大阪城の現在の天守閣は、昭和6年11月に復興されたものであり、鉄筋コンクリート造り、高さは56メートルにおよぶ。戦前は城域全体は日本陸軍が管理し、戦後は進駐軍が城を接収し、天守閣がふたたび公開されたのは昭和24年のことである。なお江戸時代までは「大坂」であったが、明治以後は「大阪」と書くようになった。

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