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2006年8月 9日 (水)

京都府立図書館と竹久夢二

    竹久夢二が京都へきて堀内清の家に滞在したのは明治45年7月末から約1ヵ月である。ちょうどこの間、7月30日に明治天皇が崩御され、世は大正と改元された。「大正ロマン」という言葉があるが、それをもっとも創出したのは夢二の作品であろう。そして夢二の大正時代の出発の舞台は京都であった。

    京都で夢二は同志社女学校のミス・デントン先生、竹内栖鳳、鹿子木孟郎らを訪ねているが、富岡鉄斎に会う希望はついに果たせなかった。そして、京都府立図書館の湯浅吉郎(半月)を数回訪ねている。堀内清、そしてミス・デントン先生と同志社とキリスト教のつながりが湯浅吉郎との出会いを生んだのだろう。この高名な図書館長との出会いは夢二の成功へのステップだった。

    第1回夢二作品展覧会(大正元年11月23日~12月2日)は、京都岡崎公園内の京都府立図書館で開催された。同じ公園内で文展が開かれていたが、美術界の末席にも位置しない夢二のほうが、はるかに多い入場者であった。すでに各種の雑誌で人気の高い夢二だったが、その初めて公開される肉筆画を民衆は親しみと驚きをもって眺めたようである。館長の湯浅吉郎は、まだ社会的には充分に評価されない夢二に理解をしめすとともに、やはり同じ時期に台頭してきた白樺派の若い芸術家にも援助を惜しまなかった。そのような図書館人と若き芸術家の交流は、竹久夢二と有島生馬との交流となり、やがて夢二は谷崎潤一郎、小山内薫、吉井勇、長田幹彦、島崎藤村、徳田秋声、与謝野晶子、野上弥生子、正宗白鳥など大家の装幀をすることになる。とかく女性関係が話題になる夢二だが、女性への惜しみない愛情が創造力の源泉であり、成功への道だった。

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