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2006年8月29日 (火)

日本的風土と和辻哲郎

   和辻哲郎(1889-1960)は、大正・昭和戦前期・戦後期と日本を代表する倫理学者である。ところが彼の代表作『風土(人間的考察)』はいまだ名著の誉れ高いが、学術書としてはかなり怪しげなシロモノである。勝ち組の知識人が辿った軌跡をみると、国策に便乗した学者の悲喜劇がみえてくる。

   ニーチェの研究と漱石の門下生ということで売り出した和辻は、日本回帰を図り、大正8年『古寺巡礼』、大正9年『日本古代文化』と相次いで著作を出し、学界に注目された。そして昭和元年『日本精神史研究』、昭和2年『原始仏教の実践哲学』などユニークな文化史的著作を次々刊行した。のちドイツへ留学、帰国後の昭和10年『風土』を著した。和辻は人間の歴史的・風土的特殊構造をモンスーン、砂漠、牧場と三つの類型に区分している。第一のモンスーンは日本であり、第二の砂漠はアラビア・アフリカ・蒙古であり、第三はヨーロッパである。これらの発想は、和辻がヨーロッパへ旅行したときの船旅の寄港地の印象と、ヨーロッパ内の旅行の印象をもとにしてできあがったものである。中尾佐助は「もしかれが華北の黄土地帯の果てしない小麦畑を旅行し、またシベリアの森林の中を何ヶ月も馬車で旅行していたら全く違ったものになっただろう」(「分類の論理」)と指摘している。当時、東大教授であった和辻は、有名なケッペンの気候区分も人文地理学も何も知らずに、彼の狭いヨーロッパ紀行漫録ともいうべき世界風土論や日本人論をでっちあげている。この面白い珍妙な体系には実は戦後の後日譚がある。というのは和辻の戦後の代表作である『倫理学』の戦後巻には、前記の三区分にプラスして「アメリカ的風土」と「ロシア的風土」がつけ加えられているからである。戦時中のかれの歴史観には、戦後世界の覇権者が米・ソである、という予感すらもない。こうして「君子は豹変する」の喩えどおり、日本の代表的知識人たちは変節して勝ち組になったのである。

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