司馬光
司馬光(しばこう、1019~1086)。字は君実(くんじつ)、諡は文正。死後、温国公に封ぜられたので司馬温公ともいう。陝州夏県涑水(そくすい)郷の人である涑水先生ともいう。司馬光については有名な逸話がある。幼少のころ郡児と遊んでいたが、その一人が庭の大甕に登り、誤って足をすべらして水の中に沈んだとき、仲間はみな見捨てて逃げたが、光は石を取って甕を砕き、これを助けた。また七歳のとき、『左伝』の講釈を聞きかじり、その大旨を会得したという。光はのちに王安石の新法に反対したため、中央から退陣するが、編年体の歴史書『資治通鑑』を完成させる。(1084)
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