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2006年7月 1日 (土)

ユスティニアヌス帝の黄金時代

    ビザンティン美術はユスティニアヌス帝(527~565年)の時代に最初の黄金時代を迎える。ここに、真のビザンティン美術と呼べるひとつの新しい様式が確立された。首都コンスタンティノポリスの宮廷を中心に形成されたこの時代の美術が、のちの周辺地域のさまざまな美術を摂取しながらも、常に指導的役割を果たして、1453年トルコ軍による帝国滅亡の日まで、その歴史と文化はほぼ900年もの長きにわたり継承されることになるのである。

 ローマ皇帝テオドシウス時代を経て、ローマ帝国は東西分裂する。そして、476年、西ローマ帝国は事実上滅亡したが、北イタリアのラヴェンナはオドアケル、東ゴート王国の首都としてその後も栄えていた。 

   現在もラヴェンナには、形成期のビザンティン美術の香りを伝える作品が残されている。ラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂(547年献堂)の内陣を飾る絢爛たるモザイクは、旧約聖書からの諸場面(メルギゼデク、アベル、アブラハム)による神への供養)と新約聖書の4福音書記者像を組み合わせて、深い神学的な配慮のうちに聖体の秘蹟を表わしている。

   そしてアプシス(後陣)にはキリストの左右に教会守護聖者と献堂者を配し、さらにアプシス下方部の左右2面のパネルに、ユスティニアヌス帝、皇妃テオドラおよび皇族たちが、聖杯を教会に寄進する図を配することによって、天上の世界と地上の世界の一体化が実現されている。アプシスのキリスト像や天使像の堂々たる姿態と豪華な衣装などは、当時の首都の美術を直接反映したものとみなしてさしつかえないであろう。

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