無料ブログはココログ

« 書写山円教寺 | トップページ | 山上の垂訓 »

2006年7月 9日 (日)

頼三樹三郎と安政の大獄

    頼三樹三郎(1825~1859)は、父祖以来の家風(父は頼山陽、祖父が頼春水)が「尊王攘夷・王政復古」にあるとし、朝廷に逆らう者は「賊臣」であるという意識が彼の中には強くあった。彼は、幕府を牽制するため、水戸藩に勅許が下るように公卿間を周旋し、井伊直弼の打倒計画に加わった。それに対し、井伊大老は尊王派の公卿・大名・志士らfy反対派を弾圧するという、いわゆる安政の大獄を起こした。頼三樹三郎は、梅田雲浜・梁川星巌・池内大学と共に、幕府に対する「反逆之四天王」とされ、安政5年(1858年)11月、捕縛された。評定所の取調べを経て死罪を命じられ、三樹三郎は伝馬町の獄で斬首された。享年35歳。

« 書写山円教寺 | トップページ | 山上の垂訓 »

「日本史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 書写山円教寺 | トップページ | 山上の垂訓 »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31