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2006年7月 9日 (日)

清らかな歌人僧 大愚良寛

   大愚良寛(1758~1831)。曹洞宗。良寛の父は山本泰雄という。越後出雲崎の豪族であったが、晩年に剃髪して以南と号した。時代の流れとはいえ、皇室の権勢が衰微していくのを憂い、公憤の念やまず入水自殺した。

   良寛はその四男一女の長子として生まれ、幼名を栄蔵といったが、生来の自由人であった。世俗の縁にしばられることを望まず、家督を弟に譲って、18歳の時、曹洞宗尼瀬光照寺の玄乗破了和尚について出家得度した。22歳で遊行し、備中玉島円通寺の大忍国仙和尚に侍し、宗旨をきわめ、法を嗣いだ。やがて師の国仙が亡くなると円通寺をあとにし、中国、九州、四国などを修行のために行脚して帰郷した。その後住所を何ヶ所か転々とし、やがて国上山西坂の五合庵におちつき、ついで国上山麓の乙子神社境内の草庵に移った。

    良寛はさびしがりやで、人間が好きだった。とくに子どもが好きで、よく里の子どもたちとまりつきや、たこあげをして遊んだという清らかな逸話が多く残されている。また良寛は漢詩、和歌、書道にもすぐれている。とくに和歌は、素直で、真情にあふれたもので、その人柄がよく表れている。

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