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2006年6月10日 (土)

NHK番組「アイウエオ」は名作だ

 NHKサービスセンターの「テレビ50年」(平成15年)というムックを読む。連続テレビ小説、大河ドラマ、紅白歌合戦などこの半世紀わたしたちはNHKの番組を通じて教養・文化・娯楽を享受してきた。そして50年の歳月にはテレビを囲んでみんなで見た家族団欒の楽しい思い出がある。このブログ名もNHKの番組から拝借している。だが「テレビ50年」の資料一覧を何度もさがすのだが、なんと「アイウエオ」が掲載されてないのである。そこでどんな番組であったかをおぼろげな記憶ながら紹介する。放送年は昭和43年。総合テレビ夜6時から6時30分。出演は堀勝之祐、渡辺康子、武岡淳一、上原ゆかり、中村雅子。それに大物スターとして木村功、織本順吉ら青俳の役者がでている。内容は幕末の時代で北海道の蝦夷地での木村功の物語ではじまるが、実際の主役は息子役の堀勝之祐である。いまは声優で有名であるが若き日の堀の力強い声の魅力で明治の気骨が表現されていた。札幌農学校時代の内村鑑三や新渡戸稲造らも登場するが、堀はアメリカへ留学し帰国する。織本に何を学んだか聞かれ、アメリカで音楽を学んだという。あきれ顔の織本が印象に残る。明治iに西洋音楽を導入した教育者・伊沢修二も登場する。しかし堀のモデルは誰か定かでない。脚本家はかなりすぐれた人だと思う。この年は明治100年で企画されたものだろう。感動的なシーンが多かったが細かい点は覚えていない。なぜ昭和43年を覚えているかというと、土曜日7時は日本テレビの「巨人の星」があったからだ。「アイウエオ」をみたあと、さらに「巨人の星」でモーレツに感動したものである。もちろん「巨人の星」はDVDを持っている。しかし本当に大人になったいまもう一度みたいドラマは「アイウエオ」である。

 なぜこのような名作の連続ドラマが資料から漏れたのか不可解である。「NHK年鑑を基に作成したもので、すべての番組が掲載されているわけではありません」と断りがあることから、若い担当者が機械的にリストアップしたものなのだろう。考えるに番組の放送時間帯から子供向けドラマとしての評価か。実際に青少年にふさわしい内容だったので類似番組が少ないだけに割愛されたのは惜しい。他にも子供向けだが柔道家の徳三宝のドラマを見た記憶があるが、やはり「テレビ50年」には見当たらなかった。

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「映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

昼間、ネットでダウンロードしていた「オールウェイズ・3丁目の夕日」を見ていました。昭和33年東京タワーが出来る頃の下町の物語です。私がちょうどメイン家族の子供の年頃の話で、懐かしい風景がいっぱいでした。ミゼットやフラフープ、氷冷蔵庫や白黒テレビの力道山、関西でも同じ風景がそこここで、見られたものです。「アイウエオ」は記憶に有りませんが、今は昔と、ひと時、昔を偲んでおります。

はじめまして。
「NHKドラマ アイウエオ」で検索しこちらへ到着しました。
わたしは昭和34年生まれ。もう一度見たいドラマは「アイウエオ」です。
黒板がなく板に何度も墨(?)を塗って手作りするシーン、留学先でベッドメイクに戸惑うシーンを覚えています。それから、バンカラの寮長はいませんでしたか? 顔と風体を覚えていても役者の名前が思い出せません。この、寮長の存在はとても面白いものでした。 しかし、ほんとうにこのドラマだったかなと少々不安でもありますが忘れられないのです。
あーー、もう一度見たい。
こちらにメルアドを記していいものかどうかわからなかったので載せませんが必要であれば言ってください。

最近、TBSドラマ「渡る世間は鬼ばかり」のクレジットで武岡淳一さんの名前を見て、子供の頃に見たNHKドラマの題名が思い出せず、武岡さんと織本さんの名前を頼りに調べてしまいました。NHKのアーカブスでも調べられなかったはずですね。ここに辿り着いて何もかもすっきり致しました。ありがとうございました。
管理人さんのようにはっきり覚えていませんが、ブログを読んでおぼろげながら思い出しました。私も大人になった今もう一度「アイウエオ」をじっくり見たいドラマです。

現在の武岡さんも中年のおじさんになってもあの頃の爽やかなイメージを崩さずに俳優でいらしたのには驚きました。

管理人さんのケペル先生の名もNHKの「ものしり博士」でしたよね。このブログいろいろ懐かしかったです。確かこれにも「アイウエオ」に出演の上原ゆかりさんが出ていましたね。

マーブルさん、コメントをありがとうございます。早坂暁「アイウエオ」は、石森延男「コタンの口笛」とともに、差別や偏見を捨て、人類愛の尊さと希望を子どもに抱かせる名作です。いつかNHKアーカイブスで見たいものです。

 「NHK アイウエオ」で検索して辿り着きました。以前何度か検索したのですが、そのときはキーワードを「あいうえお」としたためか、うまく行きませんでした。
 私が小学校に入学した頃に放送していました。アイヌ民族の若い女性との関係も描かれていたように記憶しています。

アイウエオ配役
堀勝之祐…彦一郎
上原ゆかり…セツ
武岡淳一…修二
渡辺康子…ユウ
金井大…忠平
織本順吉…富樫
三田村元…奥
神田隆…大内
城所英夫…神津
中井啓介…塚田
竹内泉…吉代松
庵下千恵子…林先生
志摩まゆき…はる
福山象二…米造
中村雅子…アヤ
左時枝…立花栄子
立川談志…ナレーター

アイウエオ配役・追加
加藤武…伊沢修二
大塚国夫…津山雄作

配役表ありがとうございます。最初の回は、江藤重蔵役の木村功が主役でしたよね。堀勝之祐が登場するのはだいぶんたってから。伊沢修二が加藤武だったんだ。ほとんど忘れてしまったのですが、ともかく長いドラマでした。

「アイウエオ」本当に懐かしいです。土曜日は、ケペル先生(熊倉一雄)の「ものしり博士」を見て、「アイウエオ」 それから「巨人の星」を見るというパターンでした。
NHKの当時の番組では、「四つの目」という子供向け科学番組が印象に残っています。

私は先日このドラマの一部配役を記した者ですが、1968年8月から12月までの放送分のみ扱っているので配役表というには不十分であり、また間違いがいくつかあり(例:正しくは中井啓輔とすべきところ中井啓介と書いた。)、このドラマのファンに虚偽の情報を与えたことを申し訳なく思っております。いつの日か1967年10月の開始から1969年4月の最終回までの配役を記したいと思います。
 配役追加
川島育恵…ユウ
須藤健…大竹
大森義夫…島判官
井上博一…沼田
松村彦次郎…権次郎
生井健夫…岩村判官
増田順二…広沢国義
西国成男…杉山先生
小林淳一…新次

ほんとうに名作なのにデーターもなく、調査されるのはお時間かかると思います。たぶん劇団青俳のかたがたが多く出演されているのではないでしょうか。ドラマは1年の予定だったのに、年が変わっても延々と続き、テレビ史に残るものでした。

配役訂正
武岡淳一(2役)…彦一郎、10才から16才まで
    …彦二
堀勝之祐…彦一郎、青年以降

配役追加
今井和子…ふさ
稲吉靖…甚作
内海賢二…桜川
穂高稔…武智
森塚敏…湯本
津田喬…李

NHKに残る唯一の放送分である第1回を見てきました。フィルムに撮影されたものは後の世まで残るが、VTRに撮影されたものは残りにくい。40年以上古いものがひとつ残っていることをよしと考えるべきか。

私は小学3~4年頃、毎週「アイウエオ」を見ていました。木村功は有名な俳優ですが、これ以降、織本順吉と堀勝之祐もずっと気になる俳優となり、映画やドラマの脇役で見たり、外国映画の吹替えで名前を見るたびに嬉しくなりました。
木村功が武家のたしなみとして息子(子役)に切腹の作法を教える場面がなぜか印象に残っています。
「アイウエオ」の次だったか「からくり儀右衛門」という少年ドラマも面白かったと思います。
儀右衛門の少年時代と久留米絣の井上伝の少女時代が交錯して、なかなか良質なドラマでした。
あの頃の少年ドラマは一流の俳優も出演して手抜きも媚びもない良い作品が多かったと思います。
最近は大河ドラマでも、俳優は軽いし、品も無く、鑑賞に耐えません

当時NHK夕方6時台は子ども向き番組を放送していたのですが、すでに私は大きくなっていたので「からくり儀右衛門」は見逃しました。それより前なら、「ふしぎな少年」という太田博之が「時間よ止まれ」という超能力が子どもたちの間で流行ってました。記憶はあまりありませんが、稚拙なものだそうです。テレビの内容が充実してきたのは昭和40年代以降かと思います。なぜ昔のほうが良かったかということですが、映画界でも社会全般でもそうですが、エネルギーの発散の活発な時代だったようです。おそらく終戦から復興して国民に希望があったからでしょう。

「からくり儀右衛門」 確か佐山某かという子役が主役だったと思います。ソロリシンザエモンが儀右衛門の先生だったと記憶しております。

佐山泰三という賢そうな顔の子役で儀右衛門にうってつけでした。井上伝は「アイウエオ」でアイヌの娘役だった川島育恵という、やはり聡明そうな顔立ちの人が演じていたと思います。実際は井上伝の方が10歳年上なので、かなり脚色されていたようですが、絵絣の開発で関わりはあったようです。
とにかく幕末の久留米に、後世に残る発明をした二人がいたことを、このドラマで知りました。
曽呂利新左衛門は秀吉の時代の人ですし、落語家の二世は儀右衛門より大分下ですので、先生は似たような名前の人だったのかもしれませんが、覚えていません。

「アイウエオ」、幼い頃(5歳ころ)に見て、印象深く、いつかまたみたいと思っていました。
何度か再放送もされたはずなのに、情報がなかなか見つからず、(「あいうえお」で検索したためかもしれません)
諦めかけていたところにこちらを見つけました。
私は幼かったためか、織本順吉さんの印象が強かったのですが木村功さんらが出演されていたのですね。
ようやく、すっきりしました。
「不知火の小太郎」は覚えていませんが「からくり儀右衛門」「5人と1匹」は覚えています。
いつかまた、みたい作品です。

確かに『アイウエオ』は今でも忘れられない良い作品でした。小学校4年生在学当時でしたが、日本の明治時代以降の歴史に興味を持ったのはその時からでした。
『國は急いでおる。軍艦を買ったり鉄鉱石を買ったり、ともあれ一刻の猶予もないんだ。』『しかし、教育がないのは困るのではないですか?』・・『イギリスはインドを植民地にしました。フランスはインドシナを植民地にしました。』『へえー、ベトナムってその頃から戦争をやっていたんだ。』『いや、誰でも教師になれると言う訳ではないんだ。これが解るかね?』『じゃあ私は教師の資格がないと言う訳ですか?』『足して数字が小さくなるなんてな。この調子ではあの先生にまた明日絞られるぞ。』『明治の頃と言ってもなかなか解らない事は多いんだぞ。『蝶々』の歌詞にしても元の文句ははっきり解っていないんだよ。』・・・
『からくり儀右衛門』は、久留米の儀右衛門どん。からりからくり造っては、からりしくじる・・と言う挿入歌でしたですね。あの当時は、『今晩の番組から』と言うガイドがまだ健在でした。

40年以上も昔のことなのに、小学4年生でよく覚えておられますねえ。「蝶々」の歌がでてくる話は私も記憶にあります。子供番組だけれど、子供に媚びない、真剣そのもの、骨太の歴史大河ドラマ、視聴率優先の今ではもう作られないでしょうね。5000以上ある私のブログ記事でこれほど多くの少年たちの記憶にあるのは何を意味するのでしょう。作品は現存しないので、各人の記憶だけにある「幻のアイウエオ」ですが、家族団らんの夕飯の時間に見た子供向き超真面目なドラマが自己の原点と捉えているかたがいることに欣快を覚えます。

アイウエオについて懐かしく読ませて貰いました。僕は1959年生まれなのですが,storyは忘れているのに,テーマ曲はハッキリと覚えております。第一回の放送分のみはアーカイブス,NHK博物館で聴けるとしても,その楽譜や曲名は御存じないでしょうか?

名作「アイウエオ」の脚本は早坂暁さんです。以前、早坂さんご本人の口から、「アイウエオ」の脚本が出てきて、早坂事務所に保管してあることを聞きました。この脚本がいつか世に出て、閲覧やコピーが出来たり、活字化されたりすることを望んでいるのですが、良い手立てがないでしょうか。いま勉誠出版で早坂暁全集全33巻が刊行中ですが、この作品は入っておりません。
9月23日の火星人さんの投稿にあるように、TVドラマの第1回だけは保存されていて、見ることが出来ます。テーマソングの楽譜はどこにあるのかわかりませんが、TVドラマの中で聴くことが出来ます。私は覚えていますし、主旋律だけは楽譜に起こすことも出来ますよ。

わたしも「アイウエオ」をもう一度見たいと思っている一人です。当時、小学生でした。
NHKでアーカイブスが出来た時に、パソコンで検索しても出てこなかったので、何故、出てこないのか不思議に思っていました。
時代が進み、何年か前に検索したら、NHKのアーカイブスでタイトルを見つけることが出来ました。そして、このブログにたどり着きました。以来、ケぺル先生のブログのファンになりました。毎日、楽しみにしています。

初めてお便りいたします。

「アイウエオ」は中学生のとき観ていました。断片的ですが強烈に記憶に残っています。

福沢諭吉とか訓盲院とか音楽取調掛とか、実在の人物や組織などがいろいろ出てきました。上原ゆかりが目の不自由な少女を演じていたり、アイヌを「旧土人」と呼んで蔑視する明治政府への批判とか…

あらゆる過去番組の中でも、これだけはもう一度見たくてたまりません。

上原ゆかりの名前で、幼い頃に見たマーブルチョコレートのCMを思い出しました。懐かしいです。

同世代(60前後)の方々の記憶力にびっくりしています。
『からくり儀右衛門』の主役を演じてました佐山泰三です。
現在はサンモールスタジオと云う小劇場を運営してますが、長いこと脚本・演出家として生きていました。
上原ゆかりちゃんとはあれからお会いしてませんね〜
戸田恵子や三ツ矢雄二・水島裕・中村梅雀などは現在でも親交があります。
Facebookだけはこまめにチェックしています。

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