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2006年6月20日 (火)

先ず隗より始めよ

   戦国時代、燕の昭王は、賢者を求めるのに熱心であった。ある日、昭王は宰相郭隗に、どうしたら国を興すに足る人材を得られるか訪ねた。すると、郭隗は答えた。

   「昔、千金をもって千里の馬を求めましたが、三年経ても手に入りません。するとある者が、『私が手に入れましょう』というので、その者に頼んだところ、千里の馬の骨を五百金で買って帰りました。君主が怒りますと、『世間では、死んだ馬でも五百金で買うくらいだから、生きている馬ならどんなに高く買うだろうと人は思います。そのうちにお望みがかないます」と申しました。はたせるかな、一年もたたぬうちに、千里の馬が三頭も手に入ったということです。いま王が、まことに賢才をお求めになるのでしたら、まず私に師としての礼をおとりなさいませ。隗ですらあんなに厚く遇せられるということになれば、私よりすぐれた人物が、千里を遠しとせずに集まることでしょう」

   そこで昭王は、郭隗のために宮殿を新築して、これに師事した。すると、言葉通り、天下の賢士が争って燕に赴いた。(参考:村松暎『新版・十八史略物語 2』河出書房新社 1961)

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