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2009年7月12日 (日)

あじさい忌

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    石原裕次郎の命日は7月17日。主演した映画「あじさいの歌」にちなんで紫陽花忌といわれる。今年は節目の23回忌にあたる。集英社の日本文学全集「石坂洋次郎集」巻末の「作家と作品」に引用された写真には石原裕次郎と石坂洋次郎が和室で会食している。同席には芦川いづみ。映画「陽のあたる坂道」(昭和33年4月封切り)のときとある。石坂洋次郎は信次を石原裕次郎をイメージしながら書いたという。だがこのとき何故主演の北原三枝ではなく、芦川いづみがいるのだろう。芦川の役は足の悪い妹役で家庭教師役の北原三枝に比べると助演といった役どこである。石坂・石原・芦川のコンビの作品は「陽のあたる坂道」(昭和33年)以外にも「乳母車」(昭和31年)、あじさいの歌」(昭和35年)、「あいつと私」(昭和36年)がある。芦川いづみは石原より年齢は1歳下。つまり「陽のあたる坂道」の役は当時23歳で実年齢よりもだいぶん幼い女学生役を演じていたことになる。痩せていた芦川は少女の役が似合っていた。ところがケペルの記憶では確か芦川いづみの女学生は髪は長かったし、この写真の雰囲気とは異なる。「私はこんな体だけど子供ができるでしょうか」と町医者に診察してもらう場面は秀逸である。文学全集の写真の芦川の髪はショートである。この会席の写真は、おそらく「陽のあたる坂道」より数年のちの写真ではないだろうか。「あじさいの歌」の芦川(:けい子の役)も長い髪をしている。「あいつと私」の時の芦川(このときも役名は同じで「けい子」だった)はショート・ヘアーである。前年昭和35年12月封切りの「闘牛に賭ける男」を最後に北原三枝との共演作品はなく、12月2日に結婚式を挙げている。翌年1月24日、志賀高原でスキーによる骨折により長期入院している。この会席写真は退院後の「あいつと私」(昭和36年9月封切り)打ち合わせではないかと推測する。石原裕次郎27歳、芦川いづみ26歳。あるいは石原、芦川が半袖なので、昭和33年4月封切りの「陽のあたる坂道」の打ち合わせだとすると、昭和32年の夏頃、石原23歳、芦川22歳ということも考えられないことではないが。

2009年7月11日 (土)

モノクロ映画の回想シーン

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    映画の構成で回想形式を用いたものは、とても印象に残る。「哀愁」(マーヴィン・ルロイ監督)。第二次大戦のさなか、霧に濡れるロンドンのウォータールー橋で陸軍大佐クローニン(ロバート・テイラー)は若き日の回想に耽る。時は第一次大戦下のロンドンにさかのぼる。空襲警報の鳴り響くウォールタールー橋で、大尉のクローニンはバレリーナのマイラ(ヴィヴィアン・リー)と運命的な出会いをする。木下恵介監督の「野菊の如き君なりき」。ファースト・シーンは老人になった政夫(笠智衆)が故郷の村を訪ね、流れる小川の情景などを見て、昔の切ない思いを回想する。マイラも民子も死んでもうこの世にはいない。しかし想い出の中に若く美しい面影がいつも瞼に浮かぶ。青春の感傷はモノクロ映画の回想シーンから始まる。「哀愁」と「野菊の如き君なりき」は全然異なる映画のようでありながら、橋と川、都会と田舎、結ばれぬ二人、愛しい人の死、その構成要素は一致している。日本と外国の悲恋映画の最高傑作は冒頭に回想シーンをとることでも一致している。

2009年7月10日 (金)

恋のライバル

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    韓国ドラマ「空くらい地くらい」のウナ(ホン・スア)が塾へも行かず、自暴自棄になっている。ドラマを盛り上げるには、「冬のソナタ」のチェリン(パク・ソルミ)を引き合いにだすまでもなく、ヒロインの恋のライバルの存在が重要なポイントである。「天国の階段」のキム・テヒは最高の悪女だったが、「秘密」のハ・ジウォン、「夏の香り」のハン・ジヘなど皆悪女からスターになっている。「春のワルツ」のイ・ソヨンは美人なので眼鏡を無理やりかけている。普通、恋のライバルは悪知恵がはたらいたり、高ピーだったり、金持ちで積極的なパターンが多いのだが、この「空くらい地くらい」のウナは、病的でひきこもりがちなので、とても手がやける。ともかくドラマをあきさせずに最後まで引っ張っていく役目を果たすだろう。ところでNHK連続テレビ小説「つばさ」の恋のライバル万理(吉田桂子)は早々と降参した。これがドラマが面白くない一つの原因と思う。強力なライバルはドラマを面白くする。NHK連続テレビ小説は韓国ドラマのような強力なライバルはあまり登場しない。最近では「ちりとてちん」の佐藤めぐみ、「ちゅらさん」の小西真奈美、「青春家族」の中村あずさ、が印象に残る。吉田桂子ちゃんもチェリンのように頑張って翔太に再度、アタックしてドラマを盛り上げてほしい。

2009年7月 9日 (木)

同情と愛「空くらい地くらい」

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    韓国ドラマで盛り上がるのは、やっぱり三角関係だ。ヒロインに本命の男性がいて、もう一人の男性が現われる。彼女はステキな二人の男性から求愛されて、揺れ動く。ヒロインになりきりの女性視聴者にとっては至福の喜びである。ほんどの韓国ラブストリーはこのパターンの三角関係だが、稀に一人の男性を巡る二人の女性というのもある。ペ・ヨンジュン売り出し中のときの「愛の群像」がその代表だが、「天くらい地くらい」もそうだ。そうするとパク・ヘジン君は相当に韓国テレビ界が売り出しする期待の星なのだろう。「天くらい地くらい」はムヨン(パク・ヘジン)という男性とジス(ハン・ヒョジュ)とウナ(ホン・スア)の二人の女性の三角関係で展開している。ウナは自転車に乗ることも母親から禁じられて育てられるほど過保護だった。そして学校では酷いイジメにあい、そのトラウマのある可愛そうな女性である。だから塾でも友だちもいない。そんなときムヨンという年上の男性に出会う。ムヨンは高校を中退し、軍隊に行っていた。ジスという幼な馴染みがいる。ムヨンは捨て子で産みの母のことは何も知らない。ムヨンとジスは愛しあっているが、ムヨンはジスにはもっと相応しい男性がいい、と無理やりに思おうとしている。淋しいウナはムヨンをお兄ちゃんと慕って親しくなり、愛に発展しつつある。母はこれを知るとムヨンに塾を辞めるように言う。ジスはムヨンがウナに同情していると感じて、ムヨンに愛の告白をする。ムヨンは塾を辞め家出をする。そんな時、育ての母が手術をすることになり、また帰ってくる。ふただびムヨンはウナとジスとを巡って悩む。ウナのことを心配するムヨンは同情だろうか。ジスとムヨンの愛の行方やいかに。
   ところでウナを演ずるホン・スアちゃん。今日、見た回(第57話「2人の真実」)で目を赤く腫らして、ジスと対決するシーンを見るとなかなかの演技派だ。もともとモデル出身だが、大学で演劇の基本を学んでいる。(建国大学映画芸術科)シンデレラ・ガールのハン・ヒョジュよりもキャリアもあり、年齢も半年ほど年長だ。この役の熱演のあと、本当に鬱病になり、芸能活動を1年間休んだ。現在は回復し、新作では元気な姿を見せている。
   韓国ドラマは心の揺れや動きを一つ一つの会話を通して、丁寧に描いていく。話をとばさず、自然にドラマが展開していくので、感情移入しやすい。連続ドラマやホームドラマの醍醐味を充分に味わうことができる。

2009年7月 8日 (水)

二世タレントの光と影

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   議員の世襲制の批判が高まっている。政治の世界は息子が多少凡庸でも地元の地盤をそのまま引き継いで当選というケースはよくある。だが生き馬の目を抜く芸能界で生き残ることは至難である。今年も二世タレントが続々とデビューしている。イマル(明石家さんま、大竹しのぶ)、yoko(矢沢永吉)、草刈麻有(草刈正雄)、穂のか(石橋貴明、鈴木保奈美)、依布サラサ(井上陽水、石川セリ)、赤井沙希(赤井英和)、長渕文音(長渕剛、志保美悦子)、三浦祐太朗(三浦友和、山口百恵)、秋元梢(千代の富士)。モデル、アーチスト、グラビアアイドル、ミュージシャンなどカタカナ職業が多いがその中で何人が両親を越えることができるか。過去にも、林成年(長谷川一夫)、月形哲之介(月形龍之介)、島英津夫(萬屋錦之介、淡路恵子)、鴈龍太郎(勝新太郎、中村玉緒)、長嶋一茂(長嶋茂雄)、三波豊和(三波春夫)、北野井子(ビートたけし)、神田沙也加(神田正輝、松田聖子)など実力があり、期待されながらも、十分な活躍できなかった人もいる。二世スターのプレッシャーは相当なものだろう。
    だが現代も大活躍している二世タレントも多い。歌舞伎界は当然なので省くとして、まずは大物から。加山雄三(上原謙)、北大路欣也(市川歌右衛門)、松方弘樹・目黒祐樹(近衛十四郎)、長門裕之・津川雅彦(沢村国太郎、マキノ智子)、田村正和(阪東妻三郎)、佐藤浩市(三国連太郎)、中井貴一(佐田啓二)、水谷良重(水谷八重子)、関口宏(佐野周二)、緒方直人(緒方拳)、船越英一郎(船越英二)、高嶋政宏・政伸(高島忠夫)、藤山直美(藤山寛美)、宇田多ヒカル(藤圭子)など。今後の活躍が期待される二世タレントには、香川照之(市川猿之助、浜木綿子)、丹羽貞仁(大川橋蔵)、松田龍平・翔太(松田優作)、平岳大(平幹二朗、佐久間良子)、小泉孝太郎(小泉純一郎)などがいる。
    このほかにも、田村高広(阪東妻三郎)、岡田茉莉子(岡田時彦)、桑野みゆき(桑野通子)、入江若葉(入江たか子)、山本豊三(山本礼三郎)、鶴田さやか(鶴田浩二)、関根麻里(関根勤)、吉本多香美(黒部進)、三船美佳(三船敏郎)、梅宮アンナ(梅宮辰夫)、泰葉(林家三平)、多岐川華子(多岐川裕美)、柴本幸(柴俊夫、真野響子)、真木蔵人(マイク真木、前田美波里)、寺島しのぶ(尾上菊五郎、富司純子)、荒木一郎(荒木道子)、東野英心(東野英治郎)、志賀勝(加賀邦男)、四方晴美(安井昌二、小田切みき)、永井秀和(永井達雄)、弓恵子(潮万太郎)、明石勤(明石潮)、神田正輝(旭輝子)、紀比呂子(三条美紀)、藤間文彦(藤間勘太夫、藤間紫)、東貴博(東八郎)、八波一起(八波むと志)、江戸屋小猫(江戸屋猫八)、柴田光太郎・田宮五郎(田宮二郎)など「蛙の子は蛙」、スターの子息は芸能界に多く見られる現象である。
    このほか、森雅之は有島武郎、芥川比呂志・也寸志は芥川龍之介、檀ふみは檀一雄、阿川佐和子は阿川弘之、高見恭子は高見順、吉行和子は吉行エイスケ、岸田今日子は岸田国士、原保美は歌人の原阿佐緒、樫山文枝は樫山欽四郎、石橋エータローは尺八の福田蘭堂、西村晃は発明家の西村真琴、シャンソンの石井好子は政治家の石井光次郎、中川弘子はタップの中川三郎、朝丘雪路は美人画家の伊藤深水、石黒賢はテニスの石黒修、伊藤弘子は舞台装置家の伊藤喜朔、杉山俊夫は名カメラマン杉山公平の子である。

   なお知名度は関西圏だけかもしれないが、吉本新喜劇の花紀京は横山エンタツの次男で、お笑い界のサラブレッドである。

2009年7月 7日 (火)

感涙「空くらい地くらい」

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    空くらい地くらい第53話「おかえり」、第54話「母の手術」。サンヒョン(イ・ジュヒョン)は家出したムヨン(パク・ヘジン)を見つけた。一緒に帰ろうというと「ほっといとくれ」と言うムヨン。サンヒョンは怒りのあまりムヨンを殴る。母が入院しているのを知ったムヨンは病院へ行く。「俺が苦しめたから病気になった」と涙を流す。「母は子供のために苦しみ悩むものだ」と話す。「あなたは私の大事な息子。だから自分自身をもっと大切にして」という母の言葉にムヨンは詫びる。サンヒョンがムヨンを探したところはソウルから100キロばかり南にある鎮川(チンチョン)という町。ドラマはスタジオがほとんどだが、ムヨンが家出した場面だけはロケ。おかげで韓国の見知らぬ町をチョットだけ見ることができる。ふたりが抱き合う場面には大きな橋があった。今日は涙、涙、涙だった。気になるのはウンジュ(カン・ジョンファ)は今もサンヒョンに未練があるようだ。少し反省したのなら許してあげてという気持ちもある。わがままだけどウンジュもかわいいところある。ウンジュの父(チョン・ドハン)がウナを元気づけようとラーメンをつくる。母(チョン・エリ)がラーメンは健康に悪いからそうめんをつくろうとする。急にチョン・ドンファンが怒鳴り出す。近頃、冷静なはずの父が意味も無く爆発するようになった。
   ところで韓国のラーメンといえば農心の「辛ラーメン」が有名だ。麺が太く、とても辛い。劇中では、何故かラメーンを「ガソリンスタンドでもらった」と言ってたが意味不明だ。調べるとGS25という24時間営業のガソリンスタンドがコンビニも兼ね、ラーメンを販売していることが判明した。

2009年7月 6日 (月)

戦後異色人物伝

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   いまNHK「プロジェクトX」のような戦後の日本を復興させるために、使命感に燃えて奔走した男たちのドラマが人気を呼んでいる。昨夜から始まった新番組「官僚たちの夏」もその一つだ。主役の風越伸吾(佐藤浩市)は佐橋滋(1913-1993)という異色官僚がモデルだそうだ。劇中の「あけぼの自動車」のモデルが鈴木自動車工業(スズライトSL型)か富士重工(スバル360)か三菱自動車(三菱500)か諸説あるが、結局フィクションで自動車は架空である。戦後社会を発展させた原動力を人物の情熱に力点を手法は、つくり話としては面白いが、日本を世界有数の工業国に仕上げたのは、あくまで個人の力というよりも、組織の力であろう。
    評論家の扇谷正造が「戦後異色人物」という短文で、政治家、財界人、産業人を省いて、12人の異色人物をあげている。三島由紀夫、勅使河原宏、羽仁説子、植木等、小沢征爾、黒沢明、坂西志保、神吉晴夫、勅使河原蒼風、三船敏郎、池田大作、船橋聖一である。(「日本歴史シリーズ22現代」世界文化社)昭和43年のものであるが、今から見てもよく選んでいるとその慧眼に感心する。

俵万智と金賢姫

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「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

    22年前の昭和62年は俵万智の歌集「サラダ記念日」が280万部の大ベストセラーとなった年である。他に、村上春樹「ノルウェイの森」、安部譲二「塀の中の懲りない面々」などがある。映画では、伊丹十三(1997年没、享年64歳)監督の「マルサの女」、リヴァー・フェニックス(1993年没、享年23歳)主演の「スタンド・バイ・ミー」などが話題を呼んだ。芸能界ではマイケル・ジャクソン(2009年没、享年50歳)、マドンナの来日公演、郷ひろみ・ニ谷友里恵の結婚、そして戦後最大のスター・石原裕次郎が7月17日亡くなった(享年52歳)。昨日、東京の国立競技場で23回忌の法要が行われ、全国各地から11万人を超えるファンが集い、その根強い人気を証明した。そして昭和62年の最大の事件は金賢姫と大韓航空機爆破事件であろう。偶然にも俵万智と金賢姫は同年で当時24歳。現在46歳になる。金賢姫は今年の3月、田口八重子の長男、飯塚耕一郎と面会し、公の場に姿を見せた。美貌の工作員も結婚、出産と22年の女の人生を歩まれたが、その変わらぬ美しさとは別に拉致問題は依然として進展していない。こうして22年の歳月を振り返ると、人の世の無常と哀れさを知る。

2009年7月 5日 (日)

入江泰吉、古寺との出会い

Photo_3 興福寺の五重塔

   大阪空襲で家を消失した入江泰吉(1905-1992)は郷里の奈良に戻った。ある日、古本屋で亀井勝一郎の『大和古寺風物誌』が目に止まり、題名に惹かれて買い求めた。ページを繰るうちに、しだいに感動がたかまり、一心に読みふけった。昭和20年も暮れに近いころであった。東大寺境内を訪ね、三月堂に立ち寄った。その時、お坊さんが話している声を、聞くともなく聞いて入江はびっくりした。「アメリカ軍が賠償として、わが国の有名な古美術品を持って帰るらしい。京都や奈良を爆撃しなかったのもそのつもりらしい」というのであった。そうだとすれば、この三月堂の諸像はもとより、大和の古寺のものはおろか、諸国のすぐれた古美術、わが民族の誇る貴重な文化遺産の大半が、わが国から姿を消してしまうのではないか。「そうだ、私はカメラマンである。せめて写真に記録しよう。いや、しなくてはならない」と、その場で決意した。古寺巡礼をつづけ、奈良にとどまり、急を要する仏像などの撮影を始めるに至ったのであった。

ビキニスタイルのお嬢さん

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   今日は「ビキニスタイルの日」。昭和21年、フランスのルイ・レアードが、世界で最も小さい水着として、ビキニスタイルの水着を発表した。発表の4日前にアメリカが原爆実験を行ったビキニ環礁から、「衝撃的な」「驚くほどの」という意味でその名前がとられた。だが当時はまだまだ着用する人はいなかった。1950年代のハリウッド女優たちの水着姿をみてもビキニはあまりない。アメリカでは1960年代まで一般のビーチでの着用は禁止されていた。日本でもビキニは1950年代に紹介されたが、ほとんど普及しなかった。1960年に田代みどりのカヴァー曲「ビキニスタイルのお嬢さん」がヒットすると、ビキニへの感心が高まった。1970年代になるとビキニが世界的に流行となるが、日本ではハワイからアグネス・ラムが来日し、グラビア界に登場するや爆発的な人気となった。当時アグネス・チャンも同じ渡辺プロダクションに所属していたが、ファースト・ネームが偶然にも同名のためライバル関係にあったが、アグネス・チャンはやや人気が低迷しており、水着写真を拒否していたことと、アグネス・ラムへの嫉妬とがない交ぜとなり、後年の活動、児童ポルノ追放に影響を及ぼすこととなる。それはさておき、先の国会審議などでも、宮沢りえ「サンタフェ」などにみられような芸術的な写真集でも被写体の撮影当時の年齢によっては所持禁止の対象となることが話題となった。モデルの生年月日と撮影日時を把握する必要があり、18歳以下か18歳以上か微妙なケースが多い。また全裸、半裸、ビキニ、スクール水着など露出度の問題。(たとえば戦前の原節子16歳デビュー当時の水着写真などはほとんど通常の衣服とかわらない水着だ。)この問題は女性だけでなく男性の裸像も同等に扱われるらしい。国会ではジャニーズ・ジュニアなどにみられるショーでの半裸も問題になっている。書籍でいうと、医学書や子供向けの保健体育の図鑑の写真には児童の半裸の写真はよく掲載されている。通常の感覚では児童ポルノとは思えないものであるが、改めて調べると、児童の裸の写真は一般書にも多く収録されており、単純所持に該当するのだろうか。国会審議では、提案の範囲が今ひとつあいまいな気がした。

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